O 157ページ 赤壁賦の3列目と5列目(NHK 漢詩紀行、監修:石川忠久・著者:牧角悦子)
「方」の訳が違います。
「方」は「マサニ」であり、方向を意味していません。
ここは 中国の漢文の権威も「マサニ」と解釈しており、鑑賞ガイドは 日本の古い写本の解釈を踏襲しています。
今は 中国人とも容易に意思の疎通が出来る時代となっており、本場中国の権威の訳を取り入れるべきと思います。
又、「其」は
語意を強める為に添える助辞。
意味はありません。
そして 5列目は「東するにあたりてや」ではなく、「流れに従いて ひがしするなり」で切る。
又、同ページの上の段、赤壁の場所を湖北省「嘉魚県」と印刷されているが 正しくは「蒲圻(ほき)県」である。
現在は 赤壁市になっています。(1998年、市になった)
又、156ページの訳の部分、「大将の曹操は 川の流れに酒を注ぎ」となっているが、正しくは
「(器に)酒を注いで、船中から長江を見下ろし」である。川に酒を注ぐのではない。
尚、この賦は、赤壁の戦いから約800年後の蘇東坡(蘇軾)の賦であり、湖北省の黄岡(こうこう)西北の赤鼻山を
赤壁と勘違いして、この有名な「赤壁賦」の詩を書きしるしたものである。
よって、「方」から「賦詩」までは
蘇東坡が曹操の言動を想像して 詠んだ部分である。
*横槊とは ほこを横たえて武装したまま詩を作ることを言い、軍中で詩歌を作る風流なたとえを言う。
*この時代の「里」は 現在の75メートル位である、即ち、千里=7.5キロ、或いは 「見渡す限り」と言う意味。
訳は 前のページ参照のこと。
「赤壁賦」、蘇東坡
壬戌之秋七月既望
蘇子與客泛舟遊於赤壁之下
C風徐來水波不興
挙酒屬客誦明月之詩歌窈窕之章
(中略)
客曰 月明星稀 烏鵲南飛
此非曹孟コ之詩乎
西望夏口 東望武昌 山川相繆
鬱乎蒼蒼
此非孟コ之困於周郎者乎
方其破荊州 下江陵 順流而東也
舳艫千里 旌旗蔽空
釃酒臨江 横槊賦詩
固一世之雄也 而今安在哉
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