L 102ページの魚父の7列目(NHK 漢詩紀行、監修:石川忠久・著者:牧角悦子)

  大夫の下の字が「興」になっていますが これは「(疑問の語)」の間違いです。

 

           

「魚父」、屈原

 

                この漢詩の読み

 

屈原既放          屈原 既に放たれて
游於江潭          江潭に游び
行吟沢畔          ゆくゆく沢畔に吟ず
顏色憔悴          顏色 憔悴し
形容枯槁          形容 ここう せり
漁父見而問之曰       ぎょほ 見て これに問うて曰く
子非三閭大夫與       「しは 三閭大夫に非ずや、
何故至於斯         何のゆえにここに至れる」と。
屈原曰           屈原曰く
挙世皆濁 我独清       「きょせい みな濁り、我ひとり すめり
衆人皆醉 我独醒       衆人皆よい 我ひとり さめたり、
是以見放          ここを以って 放たれたり」と。
(中略)

吾聞之           我これを聞く、
新沐者必弾冠        「新たに もくする者は 必ず冠を弾(はじ)き,
新浴者必振衣        新たに浴する者は 必ず衣を振う」と。
安能以身之察察       いずくんぞ よく 身のさつさつたるを以って
受物之汶汶者乎       物のもんもんたる者を受けんや。
寧赴湘流          むしろ しょうりゅうに赴いて
葬於江魚之腹中       江魚の腹中に葬らるる。
安能以皓皓之白       いずくんぞ よく こうこうの白きを以って
而蒙世俗之塵埃乎      世俗のじんあいを蒙らんや。

 

この漢詩の

屈原は (讒言に遭い、職を解かれて)都を追放され、川の淵をさすらい(湖南省湘陰県境の川)、
沢のほとりを旅をしながら歌を作る。

顔はすっかり やつれはて、身なりや容姿は みすぼらしくなっている。

漁父が その姿を見て 問いかけた。

「あなたは高官の三閭大夫ではないですか、どうして こんな所にいらっしゃるのですか」と。

屈原は言った「世の中は こぞって皆 汚濁にまみれており、私だけが清(す)んでいる。

多くの人々が皆酔ってしまったが、私 一人だけさめている。だから追放されたのだ」と。

(中略)

私は こう聞いている。「新たに髪を洗う者は、必ず冠(のチリ)を弾いてからかぶるし、

新たに湯浴みした者は必ず衣服(のチリ)をふるってから着る」と。

どうして この潔白な身に、きたなく汚れたものを受け止められようか。

寧ろ、湘水の流れに身を任せ、魚の腹の中に葬られるほうがましである。

どうして この汚れのない真っ白な心に世俗の塵埃を蒙ることを受け入れられようか。


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