A   18ページの薜濤の海棠渓の最後の部分(NHK 漢詩紀行、監修:石川忠久・著者:牧角悦子)

「競將紅纈染輕沙」の沙を「紗(キヌ)」と 捉えていますが、全唐詩などの原詩を見ると以下のようになるものと思います。

「世間では、この海棠の霊妙な異常な技(ワザ)に気づかず、競って 河原のを紅しぼりで 染めようとしている」と。

中国の漢文の権威は「襭染沙」と訳されていて、これを日本語に訳すと、

「河原のを紅しぼりで 染めると云う馬鹿げた事をやっている」。となります。

本場 中国の漢詩の権威の資料を参考にしていれば こう言う間違いは 防げます。

  この部分の間違いは 石川さんも 自分の本(別の本)のようにすべきで、「何で余計なこと(沙を紗と捉えた)まで書いたのだろう」と

  間違いを認めていました。しかし、その後、NHKを通しての私のやり取りの中では 間違いを認めては 監修人の立場に

  問題が出るので、 間違いを認めないと云う矛盾した態度に出ました。

  必要に応じて その声(テープの声)をファイルに変換したいと思います。

  この石川さんと云う人、「即ち 改めるに はばかることなかれ」と云う孔子の言葉を無視しているのでは。

  しょっちゅう湯島聖堂の中の孔子の像を眺めているのに。孔子の教えに背いていることは 甚だ 遺憾に思います。

 今だから言える 当ページを開設するに至った理由と経緯

          

 

 

「海棠渓」、薛濤

                この漢詩の読み

春教風景駐仙霞       春は風景をして せんかを とどめしめ

水面魚身総帯花       水面のぎょしん すべて花を おぶ。

人世不思霊卉異       じんせい思わず れいきの いを

競将紅纈染軽沙       きそって こうけつを もって けいさを そむ。

 

この漢詩の

春は あたり一面の光と風の中に、仙界の朝焼けにも 見まがう海棠の花をただよわせる

渓谷の水面を泳ぐ魚は まるで花模様を帯びたかのように美しい。

世の人々は この海棠の霊妙な異常な技(ワザ)に 思いを致すこともなく、

競って 河原の砂を紅しぼりで 染めようとしている。

 


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